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ドバイ

 911事件のあった年。

 この時期に中東に行くかよ、と人々に引きとめられ説得され、笑われ、それでも赴いたアラブ。

 Dubaiはすっかり都市化していて、アラビアン・ナイトも遠い夢のよう。

 でも、イスラム文化を垣間見た気がした。
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 ドバイ旅行記はこちらから→Dubai

 4travelのはこっちから

# by sitejm | 2002-01-05 22:48 | たまには旅を

素敵な町並み~今井町~

2001年10月の旅の記録です。

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 「大和の金は今井に七分」
と云われるほどにかつて栄えた今井町

 今でも町の人々は、大切に町並みと歴史を守っている

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今井まちなみ交流センター「華甍」(はないらか)
まずはここで町の概観を

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案内図

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行ってきますよん
(モザイクかかってますが、怪しいものではございません)



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路面でいきなり見つけた渋いアイテム

町の形を印した石

(お寺のある場所は小さな四角に彫ってあるみたい。寺内町だから云々・・と説明したいのですが、日本史からきしなので、ごめんしてね)

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何軒かのお家にお邪魔してみた

住民の皆さんのご好意で見せていただけるものなので
中庭だけ撮らせていただいた。

こういうお家で暮らしたら
自然と素行が良くなるかもしれませんねえ・・・。

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 東西600m、南北300mの町内に、500軒ほども江戸時代の伝統を残す家屋が存在するのだとか。
 そのうち8軒は国の重要文化財に指定されている。

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細い通りに同じ屋根の高さで並ぶ家々

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 かつては町の掟で町家の造りにまで規制があったという。
 今では平成5年に重要伝統的建造物保存地区に指定されて以来、改築、新築でもデザインに配慮しなければならないのだとか。

 昔も今も、景観保全に一苦労

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 景観保護のため、布団すら干せない地域もあるというが、ここはそうでもないみたい。
 
 あまり厳しいのは観ている方も辛いから、
ほっとしたりして。


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 立派な鬼瓦

 先にも書いたように、町並みの厳しい規制のため
住民は家々の細部に工夫を凝らして個性を出したのだとか。


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こういうレトロ床屋さんもある。
(影でよく見えなくてすみません)

「ちょいと、髷 結うてや!」

って感じですかね。


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こういう面白床屋?もある。

ウルトラマンシリーズがびっしり。

「ちょいと、モヒカンにしてや、シュワッッ!」

って感じですかね。

左端の看板にまで
ちっこいのがぽちっとついているところも
芸が細かくて素敵


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ついでに飛鳥にも足を伸ばした
(写真はこれだけ)

秋の飛鳥はのどかだった。

# by sitejm | 2001-10-22 23:38 | たまには旅を

屋久島

2001年のゴールデンウィークの旅ログです。
(2001.5.3~2001.5.7)

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1日目は名古屋から鹿児島まで新幹線で移動。あ~、しんど・・
2日目は鹿児島発フェリーで屋久島へ。
鹿児島から屋久島まで、フェリーで4時間弱。
風が強くて少し寒い船の上。

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屋久島到着後、港の前のちょっとした公園でお昼ごはん。公園のすぐ前にスーパーがあります。せっかく島に来たので、お刺身を買いました。飛魚や鰹がたくさん並んでいたのが印象的。

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  その日停まったのは、港からバスで40分くらいのところ、コテージ風ホテル「のりのりの森の小さな美術館ホテル」。
 あるミュージシャンの恋人をたたえて作られたホテルで、ホテルの従業員もそのミュージシャンのファンで素人ばかり。コテージが13戸あり、1日13組しか泊れません。
 ホテルの敷地内にアヒルもウサギもネコも犬も、馬も牛もいます。
 手作りのプールやジャグジーもありました。
 禁煙・禁酒、テレビもなしで、ちょっと変わったホテルでした。

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3日目 いざ、たびのターゲット、縄文杉へ。
 朝、4時起き、4時半出発。
 荒川登山口までは車で、そこからは、どんなお偉いさんだって歩く。
 やっと空も明るくなってきたけれど、外は寒い。
 長袖のフード付きトレーナーの上に春秋用の上着を羽織っていても、体がぶるぶる震える。
 余りにも寒いので、フードをかぶって、その上にウールの帽子も被って歩いていた。

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 (写真、モザイクかけたら、めっちゃ怖いんですけど・・・)
 昔、通っていたというトロッコ列車の線路に沿って歩く。
 やがて線路も途切れ、3時間ほど歩いたところで、ウィルソン株に出会う。
 大正3年にアーネスト・ウィルソン氏が見つけたもので、1586年に切り倒されたと言われる。 今から400年以上も前の人々が、トロッコもないのにどうやって大木を運んだのか。
 切り株の中は神棚があり、自然の水が流れている。
 縄文杉まであと1時間。   

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 バス停から歩いて4時間、縄文杉前に到着!!
  でも、世界最古の杉と言われるその姿になぜか感動はない。
  彼は周りを丁重に囲まれ、なんとか立っているように見えた。
  痛ましく、もうそっとしておきたい気がする。

  何より感激したのは、軟弱ものの自分が、4時間も歩けたことかな。

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 帰り道は意気揚揚。重力に任せて階段を駆け下りて行く。
 歩いたり走ったり、途中でお尻に白い斑のある小鹿や大きな緑色の蛇(アオダイショウ??)や真っ黒の虻に出くわしたり、最後は汗を掻きながら荒川登山口にたどり着いた時は、うれしや、というより、なんだかほっとした。

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 4日目の朝は、ホテルをチェックアウト。
 ホテルのスタッフから、このG.Wに天候に恵まれるなんて、幸運ですね、いつもはこの時期、大雨ですから、と言われた。ここに来てから、ずっと晴天だ。
 貸し自転車屋さんで自転車を借りたが、自転車で走るには屋久島は少し広い。
 自転車でレンタカー屋に行き、車を借りた。店の人は、見所まで教えてくれた。

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 屋久島では、すべてが活き活きして見えた。ガジュマルが力強く根を張り枝を張っていた。   途中、海がきれいに見えるところで車を止めた。
  海はクリアだが控えめなライトブルー。そっと足先を入れて見ると、まだ水は冷たかった。
  後からやってきた大学生達がトランクスで泳いでいた。

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 生まれて初めて8時間も山を歩いて、体中がぎしぎし言いました。
 でも、縄文杉の姿や屋久島の力強いガジュマルの姿、きらめく海浜・・・すべてが脳裏に焼き付いて離れません。

# by sitejm | 2001-05-07 22:50 | たまには旅を

コタキナバル KOTAKINABARU

 若い頃のわたしは、旅行といったらヨーロッパよ!美術館めぐりよ!・・などとつまらぬ囚われに陥っていた。

 だから、友人がビーチへ行こう!と誘ってくれても、やっぱりちょっと高級感のあるようなビーチがいい・・などと思っていたのだ。
 
 そこでモルディブへ。

 ・・・行くつもりだった。

 2週間後に旅に出よう、といつものパターンで突然決定するので、案の定、飛行機はどこもいっぱい。
 10日前にはサムイ島でも・・・と大幅に妥協し、旅行1週間前にはマレーシアのコタキナバルしか取れない、との旅行会社からの返事。

 コタ・キナバル?どこやちゅうねん。

 ホテルはTanjung Aruとかいうビーチにあるとのこと。
 聞いたこともない。

 毎日仕事で帰りが遅いので、ただでさえ旅行の準備が嫌になるのに、行くところが未踏の地の東南アジアで、しかも聞いたことも無いエリアとなると、不安が募ってくる。
 お腹壊さないかなあ・・・・。

 なんだか、さあ、行こう!と言う気分になれないでいると、世界史好きの友人がマレーシアのガイドブックを読んで、勉強した事を話してくる。

 マレーシアの歴史は紀元前数千年前にも遡る。4,5世紀には王国も存在した。
 14,5世紀にはマラッカ王国が隆盛し、東アジア、西アジアとも交流を深め、イスラム文化とマレー文化が融合した。80ほどの言語が使われていたと言う。
 その後、イギリスの植民地時代を経て、開発が進むにつれ、労働人口の需要が高じてジャワ人や中国人など、多用な人種が移民してくる。

 そのような背景を経ているため、マレーシアは多民族国家なのである、とのこと。

 私は地理や現代社会から世界史に至るまで、社会科がこの世で一番嫌いな学問である。

 従って、どのくらい正確に理解できたのか良く分からないが、マレーシアが想像を絶する多民族国家であり、それは、歴史の浅いアメリカなどとは違う、長い時を経て培われた「マレー世界」のようなものだ、と言う風に理解した。

 なんとなく、すごいところに行くような気がしてきた。 
 
 コタキナバル旅行記はこちらから→Mahu Pergi Pantai?-海に行きたい?-

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# by sitejm | 2001-01-03 22:59 | たまには旅を

コート・ダジュールの休日

 初めての海外旅行以来、2年を経て、今度は一人で行ってみよう!と単独卒業旅行に臨んだ若造のわてくし。

 2月終わりのパリは寒かったので、今度は暖かそうな南仏を目指す。
 
 キッチン付のホテルで暮らすように過ごしてみよう、ついでに若いフランスの兄ちゃんと知り合ったりしたら、日本食の手料理でもご馳走して・・と図に乗りまくって今度もAirFranceで。
 
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 ところがこれまた良く揺れる飛行機で、周囲の人々はゲ×ゲ×言ってるし・・・。

 そんなこんなで、続きはこちらから→コート・ダ・ジュールの休日

 写真ばっかりなら、4travelのVacance en Côte d’Azur

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# by sitejm | 2001-01-01 00:03 | たまには旅を