猫のオスカー

 猫のオスカーは昼寝から目覚めると、片目を開けて、彼の「城」内を見回る。
 カルテ室の医師の机の上から、彼は老人ホームの重度痴呆病棟のある棟を見据えた。
 西の病棟も東の病棟も静かだ。
 ゆっくりとオスカーは起き上がり、2歳の身体を、前にそして後ろにと、ぐんと反らせた。
 彼は次にどう動くべきか、寝ずに考えている。

d0051212_032878.jpg 遠くから居住者がやってきた。
 ミセスPだ。
 彼女は3年前から、痴呆病棟の3階に入院している。彼女は毎日訪ねてくる家族が誰なのかも、もはや分からない。
 昼食を食べ終えると、彼女は家族の面会の途中でシャツを着て、同じように徘徊している仲間の1人と連れ立っていく。
 彼女は周りの歩行者を押しのけ、周囲を完全に無視した様子で独り言を言いながら、オスカーに近づいていった。
 オスカーは彼女をじっと見つめ、彼女が通り過ぎる瞬間、静かに「しっ」と言った。「ほっといてください」とガラガラヘビか何かが言うような感じだ。
 彼女はオスカーに目をくれず、玄関の方へ歩いていってしまった。
 オスカーはほっとした。
 ミセスPは、まだ早い。
 彼は、彼女には何もしないでおきたかったのだ。
 
 オスカーは、また一人になると、安心して彼のエリアの管理に戻る。
 彼は机から飛び降りると、水の入ったボールから水を飲んだ。
 彼は満足げにまた伸びをすると、パトロールに出かけた。
 まずは西棟からだ。玄関のカウチに横になっているミスターSを避けるように歩いていく。
 ミスターSはわずかに唇をすぼめて、のんきにいびきをかいていた。幸せなことに、彼は自分が今どこにいるのかも知らないだろう。
 オスカーは玄関を通り過ぎ、突き当りまで進んだ。
 310号室だ。ドアは閉まっていた。
 オスカーはそこに座って待つことにした。
 これが彼の大事な任務だから。
 
 25分後、ドアがとうとう開いた。
 看護師が取り替えたシーツを持って出てきた。
 「あら、オスカー」
 彼に気づいた看護師が言った。 
 「中に入るの?」
 オスカーは彼女が出て行くと同時に、部屋に滑り込む。
 部屋には二人の女性がいた。奥のベッドに横たわり、壁を向いているのはミセスTだ。彼女は眠っていて、動かない。やせ細っていた。乳癌が彼女の身体を蝕んだのだ。
 彼女は軽い黄疸も患っており、数日間、話すこともできなかった。
 彼女の隣には娘が座っていた。娘は呼んでいた小説から顔を上げると、「訪問者」に優しく挨拶した。
 「こんにちは、オスカー。今日の調子はどう?」
 
 オスカーは女性には気づかない様子で、ベッドに飛び上がった。
 彼はミセスTを丹念にチェックする。
 明らかに末期状態にある。呼吸が荒い。
 オスカーが彼女を診ていると、看護師が入ってきた。彼女はミセスTの娘に、患者が苦しそうではないか、そうだったらモルヒネをもう少し投与するが、と尋ねた。
 娘が首を振ると、看護師は出て行った。
 オスカーは、また仕事に戻った。
 空気の臭いをかぎ、ミセスTを最後に一瞥する。そしてベッドから降りると、素早く部屋を出て行った。 
 今日じゃない。

 オスカーは玄関に向かって戻り、今度は313号室で立ち止まった。d0051212_0321931.jpg
 ドアは開いており、彼は中へ入った。
 ミセスKは静かにベッドに横たわり、休んでいた。息はリズミカルだが、浅い。
 彼女のベッドの周りは孫の写真や彼女の結婚式の写真で飾られていた。
 こうした記念すべき瞬間に囲まれながら、彼女は一人ぼっちだったのだ。
 オスカーはベッドに飛び乗り、また空気の臭いをかぎ始めた。
 彼は一瞬、動きをやめ、考える様子を見せると、ミセスKの周囲を2回廻った。
 
 オスカーは一時間ほど待っていた。
 看護師がミセスKの様子を診に来た。
 彼女はオスカーがいるのに気づくと、はっとして、いそいそと部屋から出て行った。
 看護師は部屋に戻って、ミセスKのカルテを棚から取り出すと、電話をかけ始めた。
 
 30分後に、ミセスKの家族が病院へやってきた。
 椅子が何脚も病室へ運び込まれ、ミセスKの親族は寝ずの夜を過ごし始める。
 聖職者が呼ばれた。
 オスカーはごろごろ言いながら、ミセスKに鼻をこすりつけている。
 幼い孫が母親に尋ねた。
 「この猫、ここで何してるの?」
 母親は涙を堪えながら応えた。
 「彼はおばあちゃんが天国へ行くのを見送っているのよ」
 30分後、ミセスKはこの世で最後の呼吸を終えた。
 同時に、オスカーは体を起こし、あたりを見回すと、部屋を去った。
 素早く姿を消したので、悲しみにくれる家族たちは誰一人、気づかなかった。

 カルテ室に戻る途中、オスカーは壁に飾られた額縁の下を通り過ぎた。
 地方のホスピス施設から送られたもので、 
「彼の献身的な末期治療にこの額縁を捧げる。猫のオスカーへ」
 と称賛の言葉が彫られているのだ。
 オスカーは水を飲むと、机に戻って丸くなって眠った。
 今日も一仕事を終えた。
 今日はもう死者はいない。310号室でも、他の部屋でも。
 この3階では、とにかく死者は出ないのだ。
 オスカーが病室を訪ねたり、しばらくそこに留まったりしない限りは。

 猫のオスカーは子猫のとき、ホスピスのスタッフに連れられてやってきた。
 彼には、患者の死期を予知するという不気味な能力が備わっているのだ。 
 ロード・アイランドのスティア老人ホームの3階にいた25人以上の患者が、彼に死を告知されてきた。
 医師やスタッフは、オスカーが患者の枕元にいるのに気づくと、患者に死が迫っていると察して、家族に連絡する。
 オスカーのお陰で、患者は一人ぼっちで死んでいかずに済むようになった。
 スティア・老人ホームの医師やスタッフ、そして患者の家族たちは、彼の仕事を尊重している。
(The New England Journal of Medicine より)

>>多くの方が検索でこの記事にたどりついて下さっているようで、ありがとごぜます。
 上記はワテクシのへたくそな英訳ですので、間違っていたら、ごめんなちゃい。

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by sitejm | 2007-07-28 23:22 | 科学